国道418号線オフ会速報!!
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走破しましたが、今度は次なる目的、茶屋の存在を調査すると言うことで、さらに県道大西瑞浪線分岐まで進めます。そしてそこで自転車を降りて徒歩で調査します。 |
下の画像は県道とは関係ないのですが、国道から見下ろす湖です。
ほぼ「垂直」です。
恵那市との境界などを撮影して、五月橋が鳥瞰出来る場所まで来ました。全く気づかなかった茶屋ですが、確かにありました。茶屋と湖沿いの東屋(ボート乗り場)が。これはシーラさんも全然気づかなかったそうです。この茶屋については風呂酢楼(相互リンクしています♪)というホームページに情報があります。 |
すみません、一応アップ画像も撮影しましたが、もやのせいで分かり難くなりました。
そこで、この茶屋の存在に気づく前に撮った画像を使います。
五月橋を目指して県道を降りましたが、どうやら刈り払いを行っている様子。
そんなに歩きにくいと言うことはありませんでした。
今回は、五月橋を渡ってしまいました。
絶対に下を見ないようにして...洒落にならんくらい恐かったです。またこの金網がええ感じでたわみます(笑)。
行きは絶対に手すりから手が放せませんでした。両手で這うようにしてとにかく、
横と前だけ見ながら進みました。マジ恐かったです。
ちょうど橋の中央付近から下を写したのが下の画像です。ね。丸見えでしょう。
これを撮ったのは帰りです。帰りは精神的に余裕が出来たのか、
もうどうでもよくなったのか、こんな撮影や、手すりを持たずとも平気になりました。
ここもかつては板張りだったそうです。十日神楽や潮見の人が瑞浪に買い物など行くのに使用していたとか。
対岸の県道はご覧の通り。
全部がこうではないですけど、
なんかハイキングコースという感じです。
前を行くのは
シーラさん。
そしてこのか細い獣道をひたすら進むと突然目の前に茶屋が現れます。ちなみに県道に面しているのが川の方から見ると、2階になります。つまり傾斜上に立っているんですね。 |
廃屋って言うだけで不気味ですが、なぜか病院の
看板(いわゆる広告か?)が貼ってあるんです。不気味ですよね。
下から写した茶屋。一番下のはお風呂場(残骸)です。中には破裂したバスクリンと石鹸、化粧品らしきものがありました。
また、まだこれは廃屋と言うより管理されているらしく、荒らさないようお願いが書いてありました。
鍵もついていたので、おそらく倉庫かあるいは林業関係者等の詰め所として使用している可能性もあります。1階の物置(お鍋とかおいてあるところ)には、昭和60年11月の新聞がありました。少なくとも昭和60年まではここは営業していたのでしょうか。 |
茶屋の横の急勾配の獣道を降りると、東屋の跡に出ました。そこから見える五月橋はまた違った感じでした。下の画像です。真横から見えます。またそこから人一人が歩ける程度の細い階段が湖まで降りていて、あたりに鉄の杭がたくさん打ってあったことから、ここがボート乗り場のあとだったのかも知れません。 |
茶屋の前にあった深沢峡の石碑。何か書いてあったけど、撮影した画像では判別不可能でした。
シーラさんが解像度を大きくして撮っているので、そちらに期待します(^^;。
茶屋の調査を終えてさらに瑞浪側に進むとブロックづくりの建物が。最初、この中に祠があるのかなと思っていたら、前に来たらそれはトイレでした。便器も割れていて、かなり不気味です。そして、そこで真っ正面を見ると、かなり古い鳥居があります。たぶんこの先に神社、あるいは祠があるのでしょうが、なにぶん管理されているように見られなかったので、入るのは止めました。
ここは不気味です。肝試しなんてやったらとんでもないことになりそうなぐらいです。
トイレの画像は、鳥居の前から撮りました。前回来たときに諦めたヘアピンの坂を下った先がここに出ます。そしてここでまたヘアピンして茶屋、五月橋と到達する感じです。
どっちから来ても、この鳥居とトイレを見るわけです。もし一人で来ていたら、この鳥居とトイレを見た途端に速攻引き返します。瑞浪側もあのヘアピンの箇所からそんなに降りるわけでもなく来れました。全体として下がるという感じで、急勾配と言うほどではなかったです。 |
〔
これは八百津方面を写しています〕
以上、今回の速報でした。
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