2001年5月 天下の酷道R157号温見越えオフ
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かなりいい加減な温見峠周辺略図
祠と国道標識。しかし露出オーバー気味ですね。
相変わらずトラロープが路肩を守ります。
これも露出オーバーですね。まぁなんとか見えるから良いかな。
こんな感じで延々と続きます。距離の割にかなり疲れると同時に時間を食います。
そして法面がでかい一面岩で出来ているところまで来ると最狂区間も終わりです。
この付近まで来たら川との標高差もだいぶ無くなりました。
山の頂上から川までずっと岩!
カメラを縦にして写します。そういえば車が通っているときに撮った方がもっと迫力がでたかも・・・。
でもみなさん、もう最狂区間抜けているし。
たぶん豆粒みたいな車が写ることでしょう。
道路と川との標高差が縮んでいる。
【写真をくりっくすると拡大】
半ば無理矢理、自分で撮っちゃいました。狭いでしょ! / 最狂区間を振り返る〔能郷方面を写す〕
そして、道路がにわかに広くなり、ポリドラム(?)が4つ並べてあるところを過ぎると、
ついに最狂区間を抜けることが出来た。最狂区間を抜けたところにはダムがある。
そして左カーブしている。
最狂区間黒津側始点〔能郷方面を写す〕【写真をくりっくすると拡大】
黒津側から来るとさらに200mぐらい手前にもポリドラムが4つ並べてあって、大型車を阻止している。
能郷方面200、300m区間はガードレールが付く。
ダムと言えば聞こえは良いが堰で川を止めているだけの作り。
貯水用と言うよりは、発電機への導水管へ水を流すためのダムのようだ、
大雨の時は導水管だけでは足りずにここを超えて流れるのであろう。
逆に渇水の時は溜めるダムではないから発電できなくなるなるであろう。
この最狂区間の終わりにはダムがあった。管理用だが全木造の吊り橋もいい雰囲気。
西平ダムというのだろうか、水利権標識が「昭和」になっているのに注目。
建設省自体もう無くなっているのに・・・。418号、丸山ダム湖は国土交通省になっていたのになぁ。
おそろしや418号。
そういえば、能郷橋を渡ってからずっと根尾川の進行左岸を進んでいる。峠まで根尾川を渡ることは無い。
【写真をくりっくすると拡大】
狭隘区間黒津側始点からさらに200mぐらい進んだ所にもう一つゲートがある〔能郷方面を写す〕
この真っ正面は先ほどのダム。見えている車は我がオフ軍団(ともとから路駐してあった車)。
ダムのカーブの所に2箇所ポリドラムが並べてあるところがある。
上のゲートの位置から温見峠方面。
実はその場ではなんとも思わなかったが、右手に見えているのは・・・。
紛れもない。砂利採取場だろう。するとダンプがここから出てくるわけだ。
ということはダンプは恒常的にあの最狂区間を通っているようだ。
左のバイクはhonさんのバイク。
1.7車線ぐらいというような微妙な幅員で、5分ぐらい(1kmぐらい?)走ったところが打越林道との分岐点。
黒津集落。家が何件か建っているのが見えるが157号から見渡す限り生活の匂い無し。
もしかしたら林道の方へ向かえば生活感のあるところもあったかも知れないが・・・。
交通規制上の「黒津」側ゲート。〔能郷方面を写す〕【写真をくりっくすると拡大】
立派なゲートと道路情報板がある。
苔むして曲がった、国道標識/黒津より能郷への道路情報板
【写真をくりっくすると拡大】
ゲートより、温見峠方面を写す。林道方面は右斜めに進む。標識には福井県大野市57kmと見える。
このときの時刻11時40分ごろ。
家は建っているのだが、はたして人は住んでいるのだろうか・・・
林道方面にあった通行規制。温見峠から降りてくると、この林道はヘアピンになる。
【写真をくりっくすると拡大】
そしてこの分岐点から温見峠方面へは道路半分ほど塞ぐ「全面通行止め看板」
半分というのが気になる。
真ん中においてあったとしても、変だ。とりあえず道が無くなるまで行ってみましょうか?
と、いうことになる。
しかし、対向車がやたら多い・・・
そんななか1台のツーリングワゴン系の車だったと思ったが、
にょっきと窓から顔を出してみんなに向かってなんか話しかけてきた。
そして聞くところによると・・・
「おぉ! いま通ってきたよ!」
「えっ!」
「温見峠は通れるのですか!?」
「通れるよ!」
おじさんから情報を仕入れた我々は早速、温見越えへ向けてアクセルを踏まずにはいられなかった。
全面通行止めっていいながら、バリケードでガチガチに塞ぐわけでもなく、
「一応、看板だけおいときますわ。」って感じである。
言葉だけが踊っている。道路状況も崩落、欠損等支障あるものは無かった。
峠には登山者の車が多数駐車してあり、途中山菜取りやそしてまた対向車がやたら多かった。
***
つい先日のことだが、中学生が野外活動に来ていた際に「林道」を散策中、
落石に見まわれて死亡するという痛ましい事故が起きたばかりだ。
「自己の責任」。中学生の件は引率する教師達がいての行動であり、
中学生が個人的に林道に入っていたわけではないので、その点は責められない。
報道では、どこに、誰に責任があるのか警察でもその点を
中心に捜査を進めるようなことを言っていたような気がする(あくまで気がするだけ)。
しかしあの件でもだからといって落石防護処置をとらなかった村を責めるのも酷な話だ。
あの件がもし、中学生では無く、山菜取りに来ていた人だとしたらどうなったことだろうか。
***
この道路は全面通行止めと書かれている。
しかし、ゲートとは名ばかりのゲートが申し訳なさそうに鎮座しているだけである。
この先で事故を起こせば進入したものの自己責任である。
もちろん閉鎖されていようが、されていまいが、その事実には変わりない。
そしてもし事故を起こせば地元にも迷惑がかかる。
しかし落っこちてきてしまった落石にはしょうがないし、
事故もある程度は結果論。やってしまったのだからそのあとに
何を言っても、もうあとにも前にも進まない。
最大限防衛運転をした上で事故をしたのならそのときは・・・、やはり仕方がない。
たかだか20年ぐらいしか生きていない人間。分別などわかる時期でもない。でも・・・、
やまてつHP綱領
「安全は、酷道探訪の最大の使命である」
「確認の励行と徹底は、安全の確保に最も有効である」
「疑わしいときは、手落ちなく考えて、最も安全と認められる行動を採らなければならない」
ということで安全に最大の配慮をした上で進むことにする。
そして私たちはこのさきで川が国道を横切るという驚愕の実態を目の当たりにすることになる。
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Copyright (C) 2001 H.Yamashita
2001/06/08 作成